ベルギーの妊孕性温存の専門家、Donnezによる卵巣凍結保存についての論文を紹介します。
Ovarian cortex transplantation: 60 reported live births brings the success and worldwide expansion of the technique towards routine clinical practice(卵巣凍結:生児60例の報告および世界的普及、臨床応用について)
Jacques Donnez & Marie-Madeleine DolmansJ Assist Reprod Genet (2015) 32:1167-1170
本論文掲載の2015年7月時点で卵巣凍結による生児の報告が世界で60例、
2015年11月上海で行われたISFP(国際妊孕性温存学会)では70例以上と報告されており、
現在ではさらにそれを上回る数の赤ちゃんが卵巣凍結により生まれていると推測されます。
卵巣凍結が世界で今、どのような位置づけにあるか確認してみましょう。
卵子凍結について
上述の論文を要約すると以下のようになります。
「妊孕性温存は、その適応が何であれ、今後生殖医療の分野において大きな課題となるだろう。
現時点では、ASRM(アメリカ生殖医学会)が支持する妊孕性温存の方法は、胚凍結と卵子凍結だけである。
思春期以上の年齢でかつ(がん患者の場合)抗がん剤治療開始が多少遅れても問題の無いケースにおいて、卵子凍結がよい適応となる。
卵子凍結の卵子生存率は90%以上であり、妊娠率も良好であることが文献的に報告されているが、
1人の生児を得るために約20個の凍結卵子が必要であるということを患者に認識してもらう必要がある。」
と述べられています。
卵子凍結については、その実績の多さから推奨されることがも最も多く、当院でも最も実施件数がありますが、
一方で多数の卵子が必要になること、そして、その取れた卵子の数が温存されている妊孕性ということになることを再度認識する必要があります。
小児期の治療としても有力視されている卵巣凍結
また、文中においては、
「世界の非常に経験豊富な施設における凍結卵子1個あたりの生児獲得率は5-7%(卵子提供による成績)であると報告されているが、
この成績は必ずしもがん患者に当てはまるとは限らない。
思春期前の小児や、抗がん剤治療の開始を至急行わなければならない成人女性においては、卵巣組織凍結(OTC)が唯一の妊孕性温存手段となる。
小児期のOTCが安全で現実的な方法であることは既にさまざまに報告されている。」
と記載されており、卵子凍結・胚凍結ではカバーしきれなかった患者さまが対象となることが強調されています。
既に移植方法も確立
「小児の場合卵巣が小さいため、片側卵巣を摘出するが、成人では卵巣皮質から何か所か生検する。
同所移植の方法としては、
①残った卵巣の髄質部分に固定する、あるいは皮質部分に切開を入れ移植片を埋め込む、
②残存卵巣がない場合、広間膜(腹膜)に移植する、
の二つの方法がある。
同所移植の利点としては、自然妊娠の可能性があること、卵胞発育にとって好ましい環境であること、が挙げられる。
卵巣機能は、移植片に原始卵胞が存在している場合ほぼ100%回復する。」
とされており、世界においてはすでに移植方法は確立しているものとされています。
長期的な妊孕性温存の実現
「移植後の卵巣機能の持続期間は平均5年前後であるが、それは移植片の卵胞密度が高い場合であり、年齢にもよる。
22歳未満(平均19歳)の抗がん剤投与前にOTCを行った5症例の検討では、卵巣機能回復期間は5年以上で、
移植を繰り返す(凍結保存された卵巣片を二度、三度と移植する)ことにより11年以上卵巣が正常に機能している症例も存在した。
将来的には、若年で凍結保存した卵巣皮質を閉経後に移植し、(いわゆる更年期治療としての)ホルモン補充療法の代替手段として用いられる可能性も考えられる。
OTCによる出生児は、今の所大半が緩慢凍結法(slow freezing)によるものである。
デンマーク、スペイン、ベルギー、ドイツなどの報告を総合すると、移植を受けた女性の25%が妊娠し、中には一人で3人出産した症例もあり、
妊孕性温存という意味で非常に長期にわたって有効であることが示唆される。」
とされており、卵巣組織を保存することは、卵子凍結・胚凍結と比べて、長期的な妊孕性温存が期待されています。
さらに進化する卵巣凍結 もう実験段階ではない
「OTCと同時に行いうる妊孕性温存の方法として、卵巣表面から未熟卵子を針で吸引しIVM(未成熟卵体外培養)を行う方法、
OTCと同時に排卵誘発を行い(残った卵巣から)採卵、卵子凍結する方法、なども試みられている。
早発閉経リスクのある患者のごく一部しか専門家を紹介されず、妊孕性温存の選択肢について相談することができていないのが現状である。
社会的、経済的、技術的ハードルが存在するため、実際に妊孕性温存に至るのはごく一部である。
社会的理由にて女性の出産年齢は高齢化しており、かつ多くの癌は年齢とともにその発症頻度が増加する。
医療者(特に腫瘍専門医、血液専門医など)は卵巣毒性のある抗がん剤や放射線療法を必要とする患者に対し不妊の可能性を強調すべきであり、
全ての患者がエビデンスに基づいた正しい情報を入手するべきである。もはやOTCおよび卵巣組織移植を、試験的な技術であるとみなす時代ではない。」
と結んでいます。