当院では2017年より子宮内細菌叢検査を着床不全検査の一つとして行っております。
今回は、細菌叢関連の論文の中でも目新しい、男性の精巣の細菌叢についての論文を紹介させて頂きます。
無精子症は男性の1%に存在すると言われ、中でも非閉塞性無精子症(NOA)は難治性で80%が原因不明とされています。
男性不妊患者にがんや心血管病・代謝疾患などの成人病発症リスクが高いとの報告もあり、また、若年男性不妊患者の精巣組織に高齢男性と同様の変化が認められるとの報告も存在しています。
一方で、数々の動物実験において、精子形成のプロセスと細胞外微小環境との関連が指摘されており、生殖細胞形成において適切な精巣の微小環境を回復させることが重要となる可能性も示唆されています。
細胞外微小環境の構成要素としては(その臓器の)細菌叢が関係していると考えられます。
例えば、腸内細菌叢が局所および遠隔臓器に影響することが示されていますが、
その中には血中テストステロン、エストロゲン、ビタミンB複合体など、
いずれも精子形成に大きな影響を与えうるホルモン・分子の血中濃度など、
種々の生理的プロセスの調節に関わっていることが判明しています。
ヒトの臓器には種々の細菌叢が共生し、生物学的に重要なmicroenvironment(微小環境)を形成していることが判明していますが、
ヒト精巣についてはこれまで報告がありませんでした。
この論文において、イタリアの研究グループは、ヒト精巣にも細菌叢が存在すること、
原因不明のNOA患者の精巣に、正常精子形成機能を有する患者の精巣と比較して、より高度なdysbiosis(細菌異常)を認めたことを発表しました。
本研究では、 (i)原因不明のNOA患者でmicro TESE手術にて精子採取できなかった5名、
(ii)原因不明のNOA患者でmicro TESE手術で精子回収できた5名、
(iii)精巣腫瘍により精巣摘出術を施行した正常精液所見を有する患者5名、
の患者の精巣内の細菌叢が比較検討されました。
精巣組織は病理学的診断および、組織中の細菌叢の解析に供されました。
さらに、条件として被験者は手術前半年の間、細菌感染の発症がなく、かつ抗生剤の投与がされていませんでした(解説:細菌叢への影響がでないような条件)。
解析のネガティブコントロールとして抗生剤投与下に発育したPC3細胞株、およびポジティブコントロールとしては口腔粘膜からスワブ(綿棒)で採取した検体(口腔内細菌叢)、が用いられました。
菌叢解析はgenus(属)レベルまで行われました(解説:生物の系統分類階級として、界>門>綱>目>科>属>種、があります。
例)ヒトは、動物界脊椎動物門哺乳綱サル目ヒト科ヒト属サピエンス種。
ビフィズス菌は、真性細菌界放線菌門放線菌綱ビフィドバクテリウム目ビフィドバクテリウム科ビフィドバクテリウム属●●(bifidum, longumなど)となるようです)。
細菌叢解析は次世代シーケンサーを用いて行われ、メタゲノム(解説:微生物集団から直接収集抽出される遺伝情報のこと)はQIIME(メタゲノム解析ツール)を用いて解析されました。
菌量は、digital droplet PCR(高感度・高精度に定量できるPCR)を用いて定量されました。
正常精液所見を有する男性の精巣内細菌量は少量で、
菌叢のphyla(門:生物分類の階級の一つ)は主にActinobacteria門、Bacteroidetes門、Firmicutes門、Proteobacteria門が優位でした。
その一方、原因不明のNOA男性では正常男性と比べ細菌量が有意に増加しており(p=0.02)、
Bacteroidetes門およびProteobacteria門の著名な減少、
Actinobacteria門とFirmicutes門の増加(p=0.00002)、
菌の多様性の減少、を認めました。
さらに、原因不明のNOAかつ手術で精子回収できなかった男性の精巣検体には、
病理学的に生殖細胞の完全欠如(解説:Sertoli cell onlyと同義)と、
Actinobacteria門の増加、Firmicutes門Clostridia綱の有意な減少(p<0.05)ならびにPeptoniphilus asaccharolyticsの欠如、Actinobacteria門の増加が認められました。
Clostridia綱のうちAnaerococcus属とPeptoniphilus属はヒト精子運動性および精子形態と関連するという報告が過去にあり、
精液中のClostridiaの特性が精子回収予測のマーカーになる可能性も将来的に考えられる、と著者らは考察しています。
さらに、原因不明のNOA男性において認められた精巣細菌叢の変化は、高齢者の腸内細菌叢と類似しており、
NOA男性において加齢性変化が精巣レベルでも早期に生じている可能性が示唆される、と考察しています。
本研究のlimitation(限界)として、被験者数が5名ずつと少ないこと、および正常対照として用いた精巣腫瘍摘出検体が、
正常精液所見を示しているとはいえ精巣腫瘍患者の細菌叢が正常精巣の細菌叢を反映しているかどうかは不明である、
といった問題点が挙げられています(全く何もない精巣を摘出して検査する、ということ自体が状況的倫理的に困難なので、この研究デザインはある程度仕方がないとは思います)。
原因不明のNOA男性において精巣内の細菌叢異常が認められたという、
この新しい知見は男性不妊に対する未来のtranslational therapy(基礎研究から臨床現場へ橋渡しする治療)のサポートになりうると、著者らは結んでいます。
女性の膣内には乳酸菌:Lactobacillus属が常在しており、雑菌が繁殖しないように、膣内の自浄作用の維持を担っています。
さらには、子宮内のLactobacillusの存在が、着床にとって有益である可能性も最近の研究で示唆されています。
Lactobacillus属はFirmicutes門に属しており、同門にはほかにClostridium属、Bacillus属、Staphylococcus(ブドウ球菌)属、Enterococcus(腸球菌)属、Mycoplasma属などが属しています。
本研究では、ヒト精巣が無菌ではなく、少量ではあるもののActinobacteria門、Bacteroidetes門、Firmicutes門、Proteobacteria門の菌を含んでいることが判明しましたが、
男性精巣においてLactobacillusはどの程度存在するのか、男性泌尿生殖器においてLactobacillusがどのように分布し、どのような役割を果たしているのか、
あるいは男女で全く生殖器の菌叢が異なるのか、等、非常に興味深いところであります。