今回は、日本の論文で、乳がん患者さんの受精卵凍結を行うまでの、
心理的なプロセスにフォーカスした論文をご紹介いたします。
乳がんサバイバーの妊孕性温存に関する意思決定過程における女性の生き方
-受精卵凍結保存の意思決定に焦点をあてて-
(聖路加国際大学 高橋奈津子先生著)
より抜粋してご紹介したいと思います。
この研究では、4名の患者さんを対象に、
がんと診断されてから妊孕性温存をするかどうかを決めるまでの経緯と
その時々で感じたことなどを面接調査したものです。
参加した研究協力者は30台から40代前半の女性です。
この研究ではがん診断の前から妊孕性温存に至るまでのテーマを以下の4つに設定しています。
1)「産む性の低下を意識する」
まず、産む性が自身に備わっていることを、皆さん当たり前にとらえているものの
年齢と共に、あるいは自身の体験上から、産む性が低下しているということを意識している。
とのことでした。
2)「産む性を閉ざす」
これは、がんの診断や治療状況によって、妊娠・出産し子どもをもつ可能性がなくなってしまうと
とらえる体験を指します。
がんの診断を受け、研究に協力された方々は、まず生命の危機を実感しており、
この時点でがん治療によって妊娠する可能性が低下することまで考えが及んでいるわけでなく、
単純にがんという病気が死をもたらす可能性があることと、自身の年齢的なことから、
子どもを持つことはできないのだと絶望した。とのことです。
3)「産む性に覚醒する」
2)のように絶望していたものの、適切な妊孕性温存に関する情報が得られたことで、
自身が産む性をまだ有していることを強く意識する体験をさします。
がんによってもたらされる心理的な印象として「死」が連想されるのとは異なり、
妊孕性温存は希望、救いととらえられ、子どものいる未来を想起させていた。
4)「産む性の保持にかける」
これは、まさに妊孕性温存(この場合は受精卵凍結)を実施しようと試みることを指します。
そこでは、生殖医療専門医からの詳細の説明があり、
単に「希望」ととらえ、夢のような治療法と思っていたところに、
身体的な負担や経済的な負担、確率の低さなどの課題点も提示されたことで、
高揚した気分から一転、苦悩したと記されています。
ひとえに、妊孕性温存といっても、こうした心理的な背景を経ていて、
私たちのもとへ訪れる方々も様々な状況で来られます。
がんの診断がついてから、妊孕性温存を行うまでには、
長くても2か月程度の時間しかないと考えられており、
速やかに進めつつもこうした心理的なプロセスを一緒に受け止めることが欠かせません。
一方で、この研究に参加された方々に共通していたことは、全員がセカンドオピニオンの場で、
妊孕性温存について聞いたということで、遅い人では診断から1カ月後という方もいたようです。
がんについての正しい認識をまずはもつことからだとは思いますが、
適切な情報提供が早期に行われることそのものが妊孕性温存に与える影響はやはり大きいと考えられます。
また、この研究では既婚者の方で自身の産む性の低下を意識している方ばかりでしたが、
小児がんや20代の方となると、こうしたことは認識さえされていないケースがあったり、
小児がんの場合には、意思決定プロセスに両親の意見も入ってきやすくなりますので、
あくまでもケースバイケースとは思います。
最近では、一方的に説明するというものではなく、
シェアードディシジョンメイキングというものが注目されています。
最近では、妊孕性温存への助成金の拡充など、様々な制度ができつつあります。
患者さん目線での情報提供、治療を実現できるようにしたいと思います。