今回は最新の妊孕性温存の論文について紹介したいと思います。
先日、東京の助成金の変更について紹介しましたが、
そちらは受精卵凍結についてでしたので、あくまでも既婚者が対象です。
未婚のがん患者さんへの妊孕性温存は卵子凍結か卵巣凍結か?
Diaz-Garcia C et al., Fertil Steril. 2018 Mar;109(3):478-485
Oocyte vitrification versus ovarian cortex transplantation in fertility preservation for adult women undergoing gonadotoxic treatments: a prospective cohort study.
この研究では、2005年から2015年の間に妊孕性温存の治療として、
卵子凍結を行った1024名と卵巣組織凍結を行った800名について、
前方視的に追跡して研究したものです。
卵子凍結と卵巣凍結を行った患者群の比較として、
AMH(11.6:11.8)、BMI(22.5:21.8)と差はなく、
年齢には差がありました(31.7:28.2)。
卵子凍結、卵巣凍結を行うまでに有した期間としては、
24.0日と4.5日ということで卵巣凍結のほうが短い期間で実現されました。
がんの種類としては、乳がんが最も多く、次いでホジキンリンパ腫、非ホジキンリンパ腫が最も多く、
卵巣凍結はその他、肉腫や白血病への適応も多くみられました。
また、卵巣組織凍結は緩慢凍結法のみで行われています。
緩慢凍結法については以下でも紹介しています。
その後、卵子凍結については、平均3.9年の凍結保存期間を経て、49名の方が凍結卵子を用いて治療を行いました。
卵巣組織凍結については、平均5.5年の凍結保存期間を経て、44名の方が使用されています。
卵子凍結のグループのほうが、やや妊娠率・出産率において高い傾向にありましたが、有意差は認めませんでした。
卵子の生存率は77.3%であるのに対して、卵巣組織を移植した後の機能した割合は97.7%でした。
卵巣組織凍結については、46.7%の方が自然妊娠されたものの、卵巣凍結時36歳以上の方での妊娠は見られなかったとまとめています。
まず、日本と比べてということでは、卵巣組織凍結の実施件数がとても多い印象があります。
日本ではまだ500例に満たないといわれています。
また、生存率という観点から考えますと、卵巣凍結は治療として確立されたといえるレベルではないかと思います。
従来、卵巣組織凍結が「実験的」であるとされていた部分では、がん細胞の再移植の可能性と生存率の低さが指摘されることが多かったのですが、
生存率の高さから考えれば、実験的であるという領域ではなくなっているような印象を受けます。
また、やはり卵巣組織凍結についての最大の利点は自然妊娠が可能であるということです。
これは、卵巣組織を戻すことで、従来の妊娠する力が戻ることを証明しています。
卵子凍結では、卵子1つあたりの妊娠率は5%前後と低いことが課題と考えられています。
また、もう一つの利点としてがん治療までの期間が極めて短いことです。
がん治療と生殖医療を考えるとき、どうしてもがん治療を優先しなければいけません。
治療までの期間が短いことは、がん治療を考えるうえではプラスと考えられます。
一方で、この内容だけで卵子凍結と卵巣凍結のどちらが良いというのは導くことはできません。
がんのステージや詳細の病状が異なり、病状に適した妊孕性温存療法を考えることが求められると思います。
実際に昨年、がん治療学会から発行されたガイドラインでも、卵子凍結と卵巣組織凍結はほぼ同じ推奨グレードとなっています。
改めて妊孕性温存の全体を考える
この論文でも冒頭で触れられていますが、妊孕性温存のおよそ30%近い方は妊孕性温存に対しての正しい情報提供をされていないといわれています。
先日、以下の記事でも紹介しましたが、日本でのアンケートでもおよそ40%近い方々が情報提供をされていないと感じています。
卵子凍結と卵巣凍結という手技について考えることと同時に、全体観を考えると、
①妊孕性温存の対象者
②十分な情報提供を受けている人/受けられていない人
③妊孕性温存療法を実施した人、実施しなかった人、できなかった人
④その後治療できた人、していない人
といういくつかのステージがあることがはっきりとわかります。
当院での取り組みとしては、
①のうち②の方への割合を高めるために当院ではHOPEダイヤルを設置し、
患者さんへのはじめの情報提供をがん治療医への負担なく対応できるようにしています。
③④については、妊孕性温存療法を実施後についても継続的にフォローアップできる体制を整えています。
治療した人だけをとらえるのではなく、若年がん患者さんという全体像を見つめながら、
当院としてできることへ取り組んでいきたいと思います。