妊孕性温存を考える上で、現在最も多いのは、乳がん患者への妊孕性温存の適応です。
そのため、生殖補助医療者も乳がんについての一定の理解がなければいけません。
がんであることが発覚してから、
治療開始までは比較的時間があると考えられるケースでも8週間程度と考えられ、
治療に対しての意思決定は短い期間での決定が求められます。
一方で、がん治療の先生方のもとには妊孕性温存の有無にかかわらず、
実に多くのがん患者さんが訪れています。
全ての説明をがん治療の先生方が行うのは、現実的に不可能で、
生殖医療者との連携がかかせません。
ここでは、基本的な乳がんの情報をまとめて解説します。
乳がんの治療方針は病期(Stage)とサブタイプにて決定される
乳がんにはいくつかの分類があり、その分類ごとに治療方針が異なります。
病期の分類:TNM分類
T(腫瘍を表す英語のtumorの頭文字で、腫瘍の進行度を示す)
N(リンパ節を示す英語lymph nodeのnodeの頭文字で、リンパ節転移の有無を示す)
M(転移を表す英語metastasisの頭文字で、リンパ節転移以外の遠隔転移のこと)
現時点は上記の表におけるStageⅠ-Ⅲが妊孕性温存対象となります。
また乳がんでは、このステージに加えて、がん細胞の特徴を元にサブタイプ分類というものを行います。
各サブタイプに分類するために、がん細胞の増殖に関わるたんぱく質で、ホルモン受容体、HER2たんぱく、Ki-67という要素を調べます。
ホルモン受容体
乳がん細胞に、エストロゲン受容体とプロゲステロン受容体の
どちらかが現れていれば、ホルモン受容体陽性乳がんです。
エストロゲンがホルモン受容体と結合すると、がん細胞の増殖が刺激されることから、
エストロゲンをブロックするホルモン療法が行われます。
生殖補助医療の観点では、
エストロゲンを増加させる卵巣刺激法
の選択が困難になります。
HER2たんぱく
HER2たんぱくには細胞の増殖調節などの信号を
細胞内に伝える役割があり、細胞の表面に存在しています。
過剰に存在すると、細胞増殖をコントロールできなくなるため、
がん細胞も過剰に増殖してしまうことになります。
(=つまり、がんの悪性度が高いということ)
乳がんの2割弱がHER2たんぱくが過剰に表れています
Ki-67
Ki-67は、細胞増殖の指標となるたんぱくです。
陽性/陰性ということでなく、割合で表現され、
明確な閾値はないもの、30を超えると高値であることは
一定のコンセンサスが得られているようです。
乳がんにおいてもKi-67陽性細胞の割合が高い場合は、
増殖する能力が高く、悪性度が高いことで知られています。
こうした情報をまとめて一覧で表現すると、以下のようになります。
がんの治療医の方にとって基本的なことが、生殖医療従事者にとっては思いのほか当たり前ではなく、
こうした理解の齟齬や不足は、患者の意思決定支援にとって障壁となる可能性もあります。
当院では、こうした内容をスタッフ同士で共有し、がん治療医の先生から紹介された際に、
より早く、正確に患者さんの状態を把握できるよう努めています。