当院では妊孕性温存に取り組んでいます。
そのため、患者さまから時々上がる質問として、
「妊孕性温存のために乳がんの治療を遅らせてもよいですか?」
ということがあります。
この質問に対して、回答できればと思います。
がん治療>妊孕性温存の原則
妊孕性温存の大前提は、がん治療を優先することにあります。
そのため、がん治療のスケジュールを妊孕性温存のために無理に延期するようなことはありません。
いくつかのケースで見ていければと思います。
術前化学療法、術後化学療法のケースとで分けて解説できればと思います。
術後化学療法の場合
術後化学療法は、術後の微小な転移を根絶することで予後を改善することを目的としています。
そのため、理論上は、術後できるだけ速やかに化学療法を実施すべきと考えられます。
(術後の治療を遅らせられるかという目的で試験や研究を実施していないため、100%定義することはできないのが実情です)
術後化学療法の場合は、妊孕性温存に伴う治療開始遅延は術後12週まで容認されます。
ただし術後5週を超える化学療法の遅延が予後に影響するという報告も一部にあるため、
妊孕性温存を実施する場合には、できるだけ速やかに実施されるべきと考えられています。
術前化学療法の場合
術前化学療法が行う場合、術後化学療法のケースに比べて再発リスクが高く、グレードも高いことが多いため、
術後化学療法よりもより速やかに開始するべきと考えられます。
そのため、妊孕性温存に伴う治療開始遅延の安全性は確立されていないため、容認されないというのが共通の見解です。
妊孕性温存療法の手法別比較
原則的には、妊孕性温存の治療のために、原疾患の治療を遅延するということは考えないわけですが、
術後化学療法なのか、術前化学療法なのか、つまりグレードや病期によっても変わってきます。
妊孕性温存療法の手法別に見てみましょう。
卵子凍結 | 受精卵凍結 | 卵巣凍結 | |
適応 | 白血病、乳癌、
悪性リンパ腫など |
白血病、乳癌、
悪性リンパ腫など |
悪性腫瘍(緊急時・15歳以下) |
対象年齢 | 13歳以上40歳まで | 13歳以上45歳まで | 0歳以上37歳まで |
未婚・既婚 | 未婚 | 既婚 | 未婚、既婚 |
卵巣刺激 | 必須 | 必須 | 必要なし |
治療期間 | 2週間 | 2週間 | 2-3日間 |
凍結方法 | ガラス化法 | ガラス化法 | 緩慢凍結・急速融解からガラス化法へ。IVMも併用 |
融解後生存率 | 90% 以上 | 95%以上 | 50~80%(多数の卵胞を保存可能) |
授精~妊娠手段 | ICSI | ICSI (IVF) | 自然妊娠 or ICSI(IVF) |
出産例 | 多数 | 多数 | 100例 |
インフォームドコンセント(治療) | 確立 | 確立 | 研究段階 |
問題点 | 1回あたりの採卵数が限られ、児獲得まで10個以上の成熟卵を要する | 1回あたりの採卵数は限られるが、児獲得まで3個以上の胚盤胞を要する | がん細胞の再移入、卵巣機能期間が数ヶ月―5年と短い
再移植も考慮 |
参照:京野廣一 :妊孕性温存のための卵巣組織の凍結保存 産婦治療 2008;96:72-76.、一部改訂
術後化学療法の方に卵巣凍結が推奨されるケースもあるのは、病状の特徴と妊孕性温存療法の特徴からと考えられます。
原疾患の治療を最優先に考えながら、最も安全かつ多くの妊孕性温存ができる方法を模索していきたいと思います。