Happy Letters

Happy Letters Vol.27 卒業された患者様からのお手紙

卒業された患者様からのお手紙を紹介しています。

一人目を当院で妊娠され、二人目の治療を再開するも、治療の終結を選択され、

ご卒業されていった方からのお手紙です。

(以下、原文ママ)

今でも我が子がすやすやと眠る姿を見ると、こんな幸福な日々は夢ではないか、

と思ってしまいます。

しっかり呼吸しているかを確認し、心拍が確認された日から1度も止まっていないこの心臓、

この子の命に、感謝の気持ちしかありません。

2℃の稽留流産を経て授かった子です。

着床までしなかった今までの子たちも含めての代表選手、と思っています。

 

38歳で結婚し、半年はタイミングをはかっていましたが妊娠せず、不妊原因を調べようと

地元のクリニックに通い始めました。

「原因不明不妊」ということで、タイミング法、そして人工授精を4回行いましたが結果が出ませんでした。

この時点でも治療に関して心理面での負担、また隣の市のクリニックへの通院に負担を感じていました。

仙台まで勇気を出して通った今振り返ると、たいしたことはなかったなと当時の自分を励ましたい気分です。

そして顕微授精へとステップアップし、1回の採卵でできた胚盤胞を4回移植しましたが残念な結果に。

移植後は注射のため、仕事を2時間中抜けして勤務に戻る日々でした。

3回目の移植のときはストレスのためか、全身に蕁麻疹ができ、判定日前のため薬も服用できず、夜も眠れませんでした。

期待と落胆を繰り返し、42歳までは京野アートクリニックへ紹介するということだったので、地元でもう一度採卵するのではなく、

意を決して41歳で転院しました。

 

地元クリニックでも待合室に人が溢れていたのに、仙台ではその数倍の人が通っているのを見て本当に驚きました。

職場の上司、同僚の理解もあり、仕事を1日休んでの仙台通院とはなりましたが、地元よりも心理面でとても楽に感じました。

待ち時間も覚悟していますので、仙台でのランチや買い物を楽しみにして通いました。

半分は夫と一緒にドライブがてら通院し、こちらの技術を信じて、年齢制限までは前向きに治療に向かう覚悟でいました。

 

地元ではアンタゴニスト法でしたが、仙台では低刺激法を選択してくださり、注射も服薬も少なく、

心理的にもさほど負担ではありませんでした。

そして通院開始後1ヵ月後ほどで採卵し、新鮮胚移植で妊娠判定をいただき、こんなに早く結果が出たことに驚きました。

しかし8週で稽留流産となりました。

はじめての妊娠での流産、その悲しみは思い出しても涙が出る程大変なものでした。

その後の凍結融解胚移植は陰性でしたが、再度移植し、再び妊娠判定をいただきました。

クリニックは卒業し、地元総合病院に通い始めました。

つわりがひどく、職場も1か月ほど病欠を取りながら自宅で安静。

しかしまた8週で稽留流産となってしまいました。

手術の際の病理検査で、部分胞状奇胎が見つかり、2回手術しました。

そしてhcgの値が0に近くなるまでほぼ半年間、月1回の通院をしました。

 

そして次の妊娠に問題ないと地元総合病院で判断をもらい、再び京野アートクリニックへ通い始めました。

凍結卵を1つ移植するも陰性。落胆しましたが、すぐ採卵周期に入り、新鮮胚移植は陰性でした。

しかし凍結できた受精卵が2つという42歳10か月としてはラッキーな結果でした。

そして凍結融解胚移植をし、陽性判定。

クリニックを卒業し、今度こそ…という思いで大事に大事に妊娠生活を送ってきました。

妊娠中、マイナートラブルは一通りあり、高血圧とむくみには悩まされましたが、無事に予定帝王切開で産むことが出来ました。

 

そして1歳のちょうど誕生日に卒業したこともあり、家族での話し合いの上、2年間眠ってまっていてくれる凍結卵を迎えるため、

これが最後と心に決めて通院を再開しました。

久しぶりの通院でしたが、待ち時間が少し短くなったように感じ、クリニックの日々の改善に感謝しております。

結果は、着床し妊娠判定はでましたが「化学的妊娠」ということで継続しませんでした。

今いるこの子のために兄弟をなんとか授かりたいと思ったのですが・・・

45歳を目前にした今、新しい採卵に向かうことは資金面でも心理面でも難しく、長かった治療を終えることに決めました。

「やれるだけのことはしよう、そうすれば後悔はないはず」と取り組んできた治療。

京野アートクリニックの先生方、看護師ほかスタッフの皆さんには本当に感謝しています。

 

不安なあまり細かいことまで質問しても、丁寧に一つ一つ答えてくださったこと、移植の際もスタッフの皆さんの

明るい笑顔と温かい対応で緊張せず望むことができたこと、電話での問い合わせの際も受付の皆さんの迅速で丁寧な対応など、感謝しきれません。

 

私と同じように皆さんそれぞれの経緯や事情、思いがあって、通院していることと思います。

通院中、自分もありとあらゆる神頼みをしつつ、神様が赤ちゃんを望む人全てに授けてくださったらいいのに、

と願う日々でした。

10回移植して1人授かり、その子が特に病気もなく毎日元気に過ごして成長している、そのことは本当に奇跡としか言いようがありません。

頑張っている皆さまにも1日でも早くかわいい赤ちゃんがやってきますように、心からお祈り申し上げます。

(お手紙はここまで)

 

「生殖の物語」というものがありますが、不妊となったとき、はじめて人はそれに直面すると言われています。

無意識に想定した未来が、不妊となることである日突然見えなくなり、先の見えない環境での治療となるため、

不妊治療は心理的な負担がとても大きなものでもあります。

そうした中で、子どもを授かるという結果につながることは、その不安な状態で起こったすべてのことに、

意味や色合いを与え、生殖の物語はまた再開していくのだと思います。

 

一人でも多く、一日でも早くのご卒業をサポートできるように、スタッフ一同さらに精進します。

ありがたいお手紙に心から感謝いたします。

 

妊活ノート編集部

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